2/ 4(日)ワークショップレポート「良好な人間関係を築く“勇気づけの方法”」①

勉強会主催の みなみ です。

今回のワークショップには、初めての方3名を含む、11名の方にご参加いただきました☆

いつも以上にたくさんの方にご参加いただいて、ディスカッションも盛り上がったように思います(^^)

自分の生活と結びつけて考えたり、考えることをアウトプットしたりしてこそ、日常生活に学びを活かせると実感します。
なので、今後もワークショップでは、ディスカッションや学びのシェアの時間を忘れずに取り込んでいきたいと思います。

アドラー心理学に学ぶ“勇気づけの方法”

今回の勉強会のテーマは、「ブッダとアドラーの心理学に学ぶ『良好な人間関係を築く“勇気づけの方法”』」でした。

ワークショップでは、アドラー心理学の第一人者といわれる野田俊作さんの著書『アドラー心理学を語る4 』をもとにお話ししています。

勇気づけの方法 (アドラー心理学を語る4)

「勇気づけ」とは、アドラー心理学で使われる言葉です。

そもそも勇気とは、「人が健康に、建設的に生きていくのに絶対必要な要素」のことです。

勇気があれば建設的な行動(現状をより良くしていこうという行動)に踏み出していけます。

しかし勇気を失ってしまうと、非建設的な行動(現状をより悪化させる行動)をしてしまう、あるいは非建設的な行動をしないまでも、建設的な行動をしなくなってしまうのです。

そうなれば相手を一方的に責めたり、人との関わりを避けたりしてしまうなど、人間関係のトラブルが生じてしまいます。

だから相手を勇気づけること、建設的な行動に向かわせることが、お互いが精神的に健康に生きていくのに大切なのですね。

では、相手を勇気づけていくのにはどうすればいいのでしょうか。

相手を勇気づけているつもりで、実は勇気をくじいている行為があります。

それは、

  1. 叱る
  2. ほめる

の2つです。

前回の記事では「叱る」ことが勇気くじきになる理由についてお話ししました。

今回は「ほめる」ことがなぜ勇気くじきになるのかをご紹介します。

「ほめる」ことが勇気くじきになる理由は?

ほめることが勇気くじきになり理由を、野田俊作さんは『勇気づけの方法』の中でこう語っています。

ほめてはだめなんです。

子どもが学校からいい成績をとって帰ってきたとき、「おお、偉いね、頑張ったね」と言ったらだめなんです。

なぜか。

偉いか、偉くないかを判断する権利など親にないんです

その権利が親にあるとしたら、それは縦の関係です。

ほめる(相手の上に立って、偉いか偉くないかを判断する)ことは「縦の関係」を築いてしまう、と野田さんは指摘しています。

「大人は子供より立場も能力も経験も上なのだから、相手の上に立って判断するのは当たり前だ」と思われるかもしれません。

確かにそうなのですが、それでも縦の関係を築くと、相手の勇気をくじいてしまうことになるのです。

それは、相手はほめられている間は建設的な行動に向かおうとします。
しかしほめられなくなると、相手は非建設的な行動を取るか、そこまではいかなくても、建設的な行動をしなくなるのです

具体的なことでいいますと、子供がいい成績をとって帰ってきたとき、「おお、偉いね、頑張ったね」とほめます。すると子供は、ほめられている間はもっとほめられたくて、一生懸命勉強します。

ところが試験で思ったように力を発揮できないことが続いて成績が悪くなり、親からほめられなくなったらどうでしょうか。

おそらく子供は、勉強への意欲を著しく失ってしまうはずです。
「勉強してもいい成績が取れずにほめられないのなら、もう勉強なんてやめてしまおう」と思いかねませんね。

こうして建設的な行動を放棄してしまったり、勉強以外の非建設的な行動で親の注目を集めようとしてしまったりするのです。

このように、ほめることで一時的には相手は建設的な行動へと向かうのですが、ほめる人がいなくなったり、ほめられなくなったりすると、相手は意欲を失い、建設的な行動をしなくなってしまう(勇気がくじかれてしまう)のです

これが、ほめることが勇気くじきになる理由ですね。

本当の自立には、「叱る」も「ほめる」も必要なし

ここで、自立に関する教訓的なエピソードを紹介します。

『アドラー心理学入門』(岸見一郎著)に書かれてある話です。

小学生のドッジボールの全国大会の予選から決勝までの様子を追った番組がありました。

その中であるチームのエース級の選手が足を怪我したことが紹介されていました。

それでも練習に参加したいと思って練習場に現れた彼にコーチはいいます。

「お前、何しにきた?お前は誰だ?」と。

レポーターが驚いて後で、「先生、どうしてあんなことをいわれたんですか?」とたずねました。コーチは答えます。

「私だってあんなことはいいたくはなかった。でもああいえば奮起すると思った」

ついでながら、そのドッジボールの大会で優勝したチームはコーチが厳しく生徒を指導するようなところではありませんでした。

後に優勝することになったチームの取材に行ったレポーターは驚きました。

子どもたちが練習している体育館には監督もコーチもいなかったからです。

校内を探すとコーチがいました。畑を耕していました。

驚いたレポーターはたずねます。

いいのですか、こんなところにいて、と。

いいのです、あの子たちは私たちがいなくても自分でちゃんと練習していますから

前半に紹介されていた「叱ることで子供たちを奮起させられると思っていた」と語ったコーチと同じような考えの方は多いと思います。

しかし叱ることで奮起させたとしてもそれは一時的で、コーチがいなくなれば、おそらく子供達は一生懸命練習しようとは思わないはずです。

それとは反対に、優勝したチームのコーチは厳しく叱りつけるどころか、練習にも顔を出さずに畑を耕していたとは驚きですね。

本当に勇気づけ、自立させるには、「叱る」ことも「ほめる」ことも必要ないのだとわかります。

もちろんこのコーチの方は畑を耕してばかりではなく、しっかりと子供達との信頼関係を築く行為、勇気づけの行為もされているはずです。

ではどんなことが本当の勇気づけになるのか、次回、詳しくお話ししていきます。

引用した書籍

 

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この記事を書いた人

仏教で説かれるブレない“人生の指針”を伝えたいと思い、 心理学や自己啓発を切り口に、都内で仏教と心理学を組み合わせたワークショップを開催しています。

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