勉強会主催の みなみ です。
今回のワークショップには初めての方4名を含む、11名の方にご参加いただきました。
平日の夜、年末に近い時期ながら、多くの方にご参加いただき、嬉しく思います^^
今回は「トラウマ」がメインの内容でしたので、その問題点と解決方法についてディスカッションをしていただきました。
皆さんから多くの意見を言っていただき、私自身も新たな気づきを得ることができました。
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そもそもトラウマとは?トラウマに関するフロイトの主張
今回のテーマであった「トラウマ」について、
トラウマと聞くと、「自分はそこまでの苛酷な経験はないので、関係はない」と思われるかもしれませんが、過去の失敗や挫折も広い意味でトラウマといえるでしょう。
その点で、これまで一般的な意味でのトラウマを経験していない方にも、きっと役に立つ内容だと思います。
そもそもトラウマとは?
トラウマとは、「過去に受けた心的外傷」のことをいわれます(ギリシャ語で「傷」を意味する言葉がその語源だそうです)。
心的外傷とは、虐待、犯罪や事故、いじめ、暴力などがあげられます。
先にご紹介したように、これらだけでなく、主観的に「精神的に傷を受けた」と思われる経験もトラウマといえますね。
フロイトの主張-原因論とは?
トラウマという言葉を多用するようになったのが、精神分析学者 ジークムント・フロイトです。
フロイトの主張は(かなり簡素になりますが)
トラウマによって、私達の行動が決定づけられる
というものです。
トラウマによって行動が決定され、その行動が結果を引き起こしますので、いまの苦しみはトラウマのせい、ということなります。
これをアドラー心理学では「原因論」といわれています。トラウマが原因となって行動が決定され、結果がもたらされる、ということですね。
私自身もアドラー心理学と出会う前、学生時代は原因論で自らのことを考えていました。
特に高校時代は人間関係がうまくいきませんでした。友達といえる人がほとんどいなかったのです。
なぜ自分は友達ができないのか?
人付き合いがこんなに苦手なのか?
それは、姉にいじめられたからだ、と原因を考えていたのです(私には3歳上の姉がおり、小さいころはよく怒られていました)。
「姉にいじめられたのが原因となり、対人関係に自信が持てなくなって友達ができないようになってしまったんだ」と自分に言い聞かせ、精神的な安定を保っていたのですね。
トラウマはあなたを支配してはいない-アドラーの見解
原因論は、筋道の通った考え方のように思います。
原因論という言葉はご存知でなくても、原因論をもとにして人間関係の問題を考えている人を多いでしょう。
ところが、フロイトと同じ時代を生きたアルフレッド・アドラーは
遺伝もトラウマもあなたを支配してはいない。
と、指摘したのです。
アドラーは、「トラウマが行動を決定づける」という考え方(原因論)を明確に否定し、私たちの行動の原因は別にある、と言ったのですね。
これはアドラーの100年以上も前の提唱ですが、現代の私たちが聞いても斬新であるように感じます。
アドラーの主張「目的論」とは?-行動は目的によって決まる
では私たちの行動はどう決まると教えられているのでしょうか?
アドラーはこのように語っています。
いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。
われわれは自分の経験によるショック──いわゆるトラウマ──に苦しむのではなく、経験の中から目的に適うものを見つけ出す。
私たちはトラウマによって苦しんているのではない、それ自体は成功の原因でも失敗の原因でもない、経験の中から目的に適うもの見つけ出している、つまり、まず目的が先にあって、その目的を果たすために過去の経験を選び取っている、といわれています。
これはフロイトの「原因論」に対して「目的論」といわれています。
先の、私が友達ができなかった例でいいますと、まず、姉のせいで友達ができないのではない、ということです。
なぜなら、世の中には姉がいる人は数多くいて、なかには私と同じようによく怒られた、いじめられてしまった弟もいるでしょう。
ではその人達全員が友達がいないことで苦しんでいるかというと、そうではないはずです。
友達に恵まれている人もいると思いますし、なかには、姉にいじめられたからこそもっと強くなろうと鍛錬し、成長する機会となったという人さえいると思います。
ということは、姉にいじめられたこと(=過去のトラウマ)は「本当の原因」ではない、ということです。
本当の原因は目的にあるのですね(これを目的因といわれます)。
ではどんな目的があったかというと、
「クラスメートに話しかけて、もし拒絶されたら嫌だ。傷つきたくない」という目的です。
トラウマが本当の原因とではなく、傷つかないためにクラスメートに話しかけなかったのですね。
そしてそんな情けない自分だとは思いたくない、自分を正当化するために、過去の経験の中から目的に適うもの(この場合は姉にいじめられたこと)を見つけ出し、自己を保とうとしているのですね。
アドラーは
自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである。
とも語っています。
経験に自ら意味づけをし(姉のいじめは私に対人関係の支障をもたらすほど嫌な出来事だった)、自らを納得させている、ということですね。
今回は私の経験についてお話ししましたが、アドラー心理学ブームの火付け役となった『嫌われる勇気』にもわかりやすい例が紹介されています。
次回はその例から、目的論についてお話しします。
まとめ
- トラウマとは、過去に受けた心的外傷のことです。このトラウマによって私達の行動が決定づけられる、というのがフロイトの主張であり、これをアドラー心理学では「原因論」といわれています
- フロイトに対してアドラーは、遺伝もトラウマも人を支配してはいないのであり、人間の行動は目的によって決まる、と教えられています。まず目的が先にあって、その目的に合うものを過去の経験から選び取り、行動に結びつけているのです(これは、「原因論」に対して「目的論」といわれます)
- 原因論が正しいとすれば、過去に同じような経験をした人は、同じ行動をし、同じ結果を受けることになりますが、実際はそうでない場合がほとんどです。経験そのものではなく、経験に与える意味によって行動は決定されるのです
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