お礼がないときのイライラを解消する!アドラー心理学から学ぶ、“見返りを求める心”(承認欲求)への対処法

人にせっかく親切をしたのに、思ったとおりのお礼がなくてイライラしたことはないでしょうか。

「上司から頼まれた仕事を終わらせたのに…」
「部下の頼み事を聞いてやったのに…」
「妻(あるいは夫)の言うとおりに動いてあげたのに…」

と見返りを求める心に苦しまれたことは、1度や2度ではないと思います。

親切は善いことなのに、相手から期待したとおりの反応がないと、かえって腹が立ってしまう。こんな思いをするなら、始めからやらないほうがよかったのではないか、とさえ思ってしまいますね。

そんな見返りを求める心は、「承認欲求」とも言い換えられると思います。

私たちを悩ませる見返りを求める心、承認欲求にうまく対処して、精神的に健康になれる方法を、アドラー心理学と仏教の観点からお話しします。

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親切はぜひ実行すべき しかし期待通りの見返りがないと…

頼み事を引き受けて相手を助けたり、困っている人に手を差し伸べたりすることはとても善いことであり、大いに実行すべきですよね。

問題は、親切をした後の相手の反応に自分がどう対応すべきか、ということです。

親切をしたならば、「相手のためにこれだけやってあげたのだから、これくらいのお礼をされて当然だろう」と私たちは思います。

そのとおりのことを相手がやってくれたのなら心穏やかになり、やってよかったと思えます。

しかし相手が思ったとおりの反応をしてくれるとは限りません。
相手が丁寧さを欠いたような態度を取ったり、ひどいときは、お礼の言葉もなかったりすることもあるでしょう。

そうなると私たちは腹が立ち、イライラしてしまいます。
「こんなにやってあげたのに、そんな態度を取るなんて、どういうこと?!」と。

挙げ句、こんな思いをするならやらなきゃよかった、という気持ちにさえなってしまいます。

こんなときはどうすればいいのでしょうか?

まず、お礼を言わない相手は相手で、よくないですね。
やってもらったことを当たり前と受け流し、お礼も言わないのでは、信用を落としてしまいます。周りから遠ざけられてしまうでしょう

そのうえで、親切をする側の自分はどういった心がけでいればいいのでしょうか?

承認を求めるのは、他者の課題に介入している

冒頭でも触れたように、「お礼を言ってほしい、自分のがんばりをもっとたたえてほしい」という心は「承認欲求」といわれます。

この承認欲求を満たそうと相手にお礼を要求するのは、他者の課題に介入することになるのです。

この場合の他者の課題とは、お礼を言うか言わないか、ということです。
他者が課題に取り組むかどうかを、親切をした側が強制することができません。

無理にお礼を言わせようとすれば、「恩着せがましい」とか「そんな要求をされたら、余計にお礼をいう気持ちがなくなった」と相手は思うでしょう。
それでも親切を受けた側がお礼を言うのは当然なのですが…。

しかしこのようにお礼を強制し、無理に承認欲求を満たそうとすれば、ますます相手との関係が悪くなってしまいます。

このようにトラブルを招くので、見返りを求める、承認を求めることはしてはならないのです

とはいえ、お礼がなければ腹が立ってきます。
この気持ちにはどう対処すればいいのでしょうか?

貢献感のなかに幸せ・喜びを見出す

そんなときには「他者貢献感」を持ちなさい、とアドラー心理学では教えられています。

他者貢献感とは、“自分は相手の役に立つ”と感じている状態のことです。

相手に承認されたどうか、見返りが得られたどうかとは無関係に、他者貢献感を持つこと。
そうすれば、お礼がなかったからといってもムカムカ、イライラすることなく、自己完結できます

アドラー心理学について解説されているベストセラー『幸せになる勇気』には他者貢献感について、こう書かれています。

「わたしは誰かの役に立っている」という主観的な感覚があれば、すなわち貢献感があれば、それでいい

それ以上の根拠を求める必要はない。

貢献感のなかに、幸せを見出そう。

貢献感のなかに、喜びを見出そう。

(『幸せになる勇気』岸見一郎著 より引用)

承認を求めてしまう私たちに対し、貢献感があればそれでいい、貢献感のなかに幸せ・喜びを見出そうと語りかけてられています。

また、仏教でも「三輪空寂(さんりんくうじゃく)」という言葉があります。

三輪空寂とは、親切をしたときに、

  1. 私が
  2. 誰々に
  3. 何々を

という3つのものを空じなさい(忘れなさい)、と教えられた言葉です。

「私が、あなたに、これだけのことをやってあげたんだ」という執着をいつまでも持っていると、その執着心で自分が苦しむことになります。
だから「私が」「誰々に」「何々を」を忘れなさい、といわれているのです。

もちろん、執着心をなくして貢献感を持つことは簡単なことでありません。
しかし執着心によって私は苦しんでしまうこと、他者貢献のなかに幸せ・喜びを見出せば承認欲求で悩むことはなくなることを、まずぜひ心に留めていただきたいです。

心に留めることで、「ああ、執着心で苦しんでしまっているな。忘れるようにしよう」と思えて、課題の分離、三輪空寂がグッと実行しやすくなります

今回、見返りを求める心への対処法として、アドラー心理学の観点からは「他者貢献感」を持つことが勧められていること、
また仏教の観点からは「三輪空寂」の実行が勧められていることをお話ししました。

次回、また別の角度から、対処法をご紹介します。

まとめ

  • 親切をしたのに期待通りの反応がないと、腹が立ち、イライラしてしまいます。そのような見返りを求める心は承認欲求ともいわれれます
  • あなたを承認をするかどうかは相手の課題であり、他者に承認を求めるのは他者の課題への介入になります。課題へ介入すれば、他者との間にトラブルが生じます
  • お礼を求めるのではなく、他者貢献感(他者の役に立てていると感じている状態)を持ち、貢献感のなかに幸せを見出すことで、自己完結できます
  • 仏教では、親切をしたとき「私が・誰々に・何々を」の3つを忘れるようにしよう、と教えられています。心に留めることで気づきが得られ、執着を手放すことを助けてくれます

続きの記事はこちら

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引用した書籍

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

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コンテンツ ブッダとアドラー心理学
この記事を書いた人
南 雄一郎

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