勉強会主催の みなみ です。
『自己評価メソッド』を通して、不安や恐れなどの生きづらさを解消するにはどうすればいいのか、そのための自己評価の高め方について、続けてご紹介しています。
今回はその36回目です。
記事の内容を動画でもご紹介しています:
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自分も人も上手に愛するための実践法
『自己評価メソッド』は、フランスで人気の精神科医 クリストフ・アンドレ氏によって書かれました。
こちらの記事では、『自己評価メソッド』で紹介されている、自己評価をよくする方法を以下の4つのパートに分けてお話ししています。
- 自分を受け入れる
- 自分との関係を改善する
- 他人との関係を改善する
- 行動の仕方を改善する
前回は、「愛されたいという気持ち」と適切に向き合い、自己評価をよくしていくための実践法をご紹介しました。
上手な愛のための実践法
愛を通じて自己評価をよくしていく方法はいろいろ挙げられているものの、それでは「愛されたいという気持ち」すべてを説明することはできないということで、
代わりにアンドレ氏はアルメルさんという女性の例を紹介しています。
アルメルさんは自己評価に問題を抱え、アンドレ氏からセラピーを受けていましたが、
恋をしたことで「愛されている」という気持ちを持てて自己評価がよくなり、さらに相手に気持ちがいくことで、自分へのこだわりや批判もなくなっていきました。
ところが、恋によるセラピーの効果は長続きせず、相手に抱いた不満をきっかけに相手の欠点が目につくようになり、さらには自分のことも考えるようになって、自らの欠点も目について自己嫌悪感だけが残ってしまったのでした。
相手を受け入れ、自分を愛するには「“完璧さの追求”をやめる」
しかしアルメルさんは、「自己評価をよくする」訓練を重ねていった結果、相手に対しても自分に対しても「完璧であることを要求する」ことをやめるようになりました。
その結果、自分のコンプレックスを受け入れ、また相手の欠点も受け入れて愛することができ、<生涯の伴侶>を見つけられたのです。
「完璧を要求することが幸せになるための障害」といわれています。
ゆえに完璧さの追求をやめることが、相手も自分も上手に愛して幸せになるための第一歩となるのですね。
紆余曲折ありながらも、それを実践したのがアルメルさんだったのでした(むしろ紆余曲折があったからこそ、完璧さを求めることをやめられた、ともいえますね)。
前回の詳細はこちら
今回からは、「恥ずかしいという気持ち」と自己評価との関係、恥の感情をいかにコントロールするかについてご紹介していきます。
恥ずかしいという気持ち・恥の感情が自己評価に与える影響
自分の行動が
「まわりから見たらどう思うだろうか?」
「こんなことをしたら、恥ずかしい」
と思ったことはないでしょうか。
この「恥ずかしい」という気持ちは、<他人の目>と密接に結びついていること、
それと同時に、何よりも<自己評価>と深く関係している、といわれています。
恥ずかしいという気持ちは<自意識の感情>
感情の中には<問題のある自己評価>と結びついているものがたくさんあり、「恥ずかしい」という気持ちもその1つです。
この「恥ずかしい」という気持ちを代表とする感情は<自意識の感情>といわれています。
<自意識の感情>とは、そういう感情を生み出す可能性のある<状況>だけから生まれてくるのではなく、
「その状況を自分がどう感じるか」によって生まれてくるもの、ということです。
同じ状況下であっても(例えば、満員電車から降りる際に「降ります」と言うとき)、「恥ずかしい」と感じる人もいれば、ほとんど感じない人もいますね。
「恥ずかしい」と感じるかどうかは、<自意識>に相当する部分であるのです。
この<自意識の感情>はほかの感情と比べて、3つの特徴があるといわれています。
特徴① 外からは読み取りにくい
恐怖や怒り、悲しみのような感情と比較すれば、さほど顔の表情に大きな変化は見られません(よほどの恥ずかしさのあまり、顔が赤くなる場合もありますが、特有の表情はありません)。
特徴② 普遍的な原因を持たない
恐怖を感じる原因は、身の危険が迫ったときであり、それは誰にでもどこにでも共通することでしょう。
しかし「恥ずかしい」という気持ちは、同じ状況下でも「その状況をどう解釈するか」で出たり出なかったりし、文化によっても個人によってもその原因は異なります。
特徴③ 他人の視線と関わりがある
「恥ずかしい」という気持ちは他人に見られていると思うと倍加し、また、そもそも他人に見られていなければ「恥ずかしい」と感じない場合もあります。
「恥ずかしい」という気持ちは他人の視線と密接に関わっているのです。
恥ずかしさと自己評価との関係
他人との関係から見た、恥ずかしさと自己評価の関係
この「恥ずかしい」という気持ち・恥の感情は自己評価に悪影響を与える、といわれています。
先述のように、「恥ずかしい」という気持ちは他人の視線と関わりがあり、
「こんなことをしたら人にどう思われるか?」
「自分がこんな人間だと知られたら、人にどう思われるか?」
と考えることで、恥の感情を抱きます。
つまり、「他人からの評価が下がった」と思う = 「恥の感情」を持つ、ということですね。
<自己評価>は、<他人の評価(正確には、他人からどう見られていると自分が感じてるか)>を1つの柱としています。ゆえに他人の評価が下がったと感じて「恥ずかしい」という気持ちを持つことで、自己評価が傷ついてしまうのです。
自分との関係から見た、恥ずかしさと自己評価の関係
また、自分との関係という観点からも、恥の感情は<自己評価>に悪い影響を与える、といわれています。
それは、「恥ずかしい」という気持ちそのものがつらい感情であり、自分という存在そのものを恥ずかしいと思う感情だからです。
その例として、あまりに恥ずかしいときに「いっそのこと、自分という存在がいなくなればいい」と思った、という経験をされたこともあるでしょう。
これほど自分に否定的な感情が<自己評価>を下げないわけがない、と指摘されています。
また、ひとたび恥の感情に苦しむと、「もう二度とこんな感情は味わいたくない」と、行動を回避しようとします。
この行動回避によって、<自己評価>はさらに下がってしまうのですね。
このような<恥ずかしさ>と<悪い自己評価>との悪循環に陥るのを防ぎ、自己評価をよくしていくために、「恥ずかしい」という気持ちをどうコントロールしていけばいいのでしょうか。
次回は、恥ずかしいという気持ちをコントロールする実践法をご紹介していきます。
まとめ
- 「恥ずかしい」という気持ちは<自意識の感情>といわれています。特定の状況だけからその感情は生まれるのではなく、「その状況を自分がどう感じるか」によって生まれてくるものなのです
- <自意識の感情>には以下の3つの特徴があるともいわれています
- 外からは読み取りにくい
- 普遍的な原因を持たない
- 他人の視線と関わりがある
- 「恥ずかしい」という気持ちは「他人からの評価が下がった」と感じるときに抱くのであり、<他人からの評価>も<自己評価>に入るため、恥の感情は自己評価を傷つけます。また、恥の感情は、存在そのものを恥ずかしく思う、自分への否定的な感情でもあるのです
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