運のいい人は開放的?新しい経験がもたらす幸運と偶然のチャンス-ブッダと心理学から学ぶ「“運のいい人”の法則」8

勉強会主催の みなみ です。

『運のいい人の法則』を通して、偶然ではない、運のいい人に共通する法則、幸運を実現する仕組みにについてご紹介しています。

今回はその8回目です。

運のいい人の法則 (角川文庫)

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運のよさと“肩の力が抜けている”ことの関係とは?必死にならないほうが多くのチャンスが目に入る

『運のいい人の法則』は、ハートフォードシャー大学の心理学教授 リチャード・ワイズマン氏によって書かれました。

ワイズマン博士は、ある講演での出来事をきっかけに、「運」について強い関心を持たれ、

運のいい人、運の悪い人の違いは何か?
運をよさを決定づけるものは存在するのか?

を調査されたのです。

運に関する科学的研究の結果、運のいい人には共通した4つの法則があること、その法則に従って幸運を生み出していることを発見されました。

その法則が以下の4つです。

  1. チャンスを最大限に広げる
  2. 虫の知らせを聞き逃さない
  3. 幸運を期待する
  4. 不運を幸運に変える

1つ目の法則「チャンスを最大限に広げる」について、運のいい人は神経症的傾向の数値が低く、“肩の力が抜けている”ためにチャンスに気づきやすいことがわかりました。

肩の力が抜けていてリラックスしていることは、特に対人関係で有効です。

運のいい人は、出会った人に対して、さまざまな思惑にとらわれずに、目の前の相手に関心を持ち、相手の話を興味深く聞きます。

すると相手と意気投合して良い関係が構築される可能性が高まりますし、相手から自分が必要としている情報を聞けて今後の助けとなることもあるでしょう。
あるいは、自分と合いそうな人、自分が必要としている人を紹介してくれることもあるかもしれません(反対に自分が相手に合いそうな人を紹介することもあるでしょう)。

そうなれば自然とネットワークは広がっていき、いい人に出会う確率、いい巡り合わせができる可能性も飛躍的に高まるのですね。

それとは逆に、「いい人を見つけよう。なんとかチャンスをものにしよう」を必死に目を凝らすほど、自分の思惑が相手に見抜かれ、せっかくの関係構築の機会を逸してしまいかねません。

ゆえにワイズマン博士は、

皮肉なことに、チャンスを見つけようと必死に目をこらさないほうが、はるかにたくさんのチャンスが見える

と指摘をされているのです。

このように神経症的傾向と人との巡り合わせには密接な関係があることを、前回は詳しくご紹介しました。

前回の記事はこちら

1/13(月・祝)レポート 理想のパートナーを見つける秘訣とは?チャンスに出くわす確率を高める方法-ブッダと心理学から学ぶ「“運のいい人”の法則」7
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今回は、3つ目の性格の因子「開放性」と運のよさとの関係、そして仏教との関連をご紹介していきます。

運のいい人は、新しい経験を喜んで受け入れる

運のいい人は、運の悪い人と比較して「開放性」の数値がかなり高いです(運の悪い人の平均スコアが27.5に対して、運のいい人の平均スコアは32.5)。

開放性の高さは「新しい経験を喜んで受け入れる」ことにつながります。

運のいい人は、新しい食べ物に挑戦したり、新しいやり方を試したりすることが大好きであり、次々にいろいろなことにチャレンジします。
しきたりにとらわれず、予測できない状況でさえも歓迎し、新しい経験を重ねていくのです。

このようにさまざまなことにチャレンジし、新しい経験を重ねていけば、人でも仕事でも、偶然のチャンスに出会う確率はどんどん高まっていくでしょう。
新しい経験を通して、これまでに見えていなかった自分の能力や、熱中できることにも気づきやすくなりますね。

運のいい人 運の悪い人
開放性のスコア 高い 低い
行動・考え方 新しい経験を喜んで受け入れる 新しい経験は避けがちである

ワイズマン博士は、開放性の低い人を、りんご園のなかで同じ木にばかり収穫に行く人に例えられています。

同じ木に収穫に行き続ければ、やがては得るものはなくなってしまいますね。

反対に開放性の高い人は、収穫のたびにりんごを取りに行く木を変えているようなものといえるでしょう。常に。思いもよらぬ結果が得られる可能性があるのですね。

仏教で説かれる“運の原因”とは?幸運も不運も、自らが生み出したものにほかならない

運のいい人は、「外向的」であるがゆえに人との出会いの数が多く、さらに対人関係の磁石となって多くの人を惹きつけ、「運のネットワーク」を築いていること、

また、「神経症的傾向」が低く、肩の力を抜いていることで、チャンスに気づきやすく、目の前のチャンスも見逃さずにつかめること、

そして、「開放性」が高く、新しい経験を喜んで受け入れ、チャレンジを重ねることで、偶然のチャンスに出会う確立が高まることをご紹介してきました。

このように、運のいい人が、いい人やいい仕事、いい巡り合わせに出会えるのは、単なる偶然の重なり合いではなく、性格・考え方・行動に原因があるとわかりますね。

実はお釈迦様が説かれた仏教でも、ワイズマン博士の発見した法則と同様に、「運」にははっきりとした原因があると教えられています

「運」とは言い換えれば、「運命」のことです。

運がいい人は、それだけよい運命がやってきている、
運が悪い人は、悪い運命がやってきて苦しんでいるといえるでしょう。

ではその運命は何によって決まるのでしょうか。

仏教では、私たちの身に起こる結果(=運命)はすべて、「因果律」にもとづいていると教えられています。

因果律とは「原因と結果の法則」ということであり、結果(=運命)には必ず原因がある、ということなのです。

因果律はひと言でいうと「自業自得」とも教えられています。自業自得とは、自らの業(=行い)によって、それに応じた自らの運命を得る、ということです。
運命を生み出しているものは、自らの行いによるのです。

その行いと結果との関係は、

  • 善因善果
  • 悪因悪果

とも教えられています。

善因(善い行い)は善果(=善い結果、善い運命、幸福)を生み出し、
悪因(悪い行い)は悪果(=悪い結果、悪い運命、不幸)を引き起こす、ということです。

幸運も不幸も、自らの行い(善い行い、悪い行い)の結果にほかならない、ということなのです。

運のいい人は、それだけ善業(=因)を行っている人、
運の悪い人は、善業(=因)を行っていない人か、あるいは、それが善業だと勘違いしている人といえるでしょう。

運のいい人 運の悪い人
行動・考え方 善業(=因)を行っている 善業(=因)を行っていない、
それが善業だと勘違いしている
巡り合わせ 善果(幸福)が生み出される 悪果(不幸)を引き起こす

ゆえに、運(命)をよくするには善い種をたくさんまくこと、また、そもそも何が善業であるかを知ることが大切なのですね。

「運のいい人の法則」では、確かな調査・実験に基づいて、運のいい人に共通している善業とは何であるかが丁寧に教えられています。
その通りに実践していくことで誰でも幸運も実現できるということは、仏教の観点からも確かといえるのですね。

次回は、実際に善い結果を得るための、「チャンスを最大限に広げる」に関する“運を鍛えるレッスン”をご紹介します。

まとめ

  • 運のいい人は開放性が高く、新しい経験を喜んで受け入れ、進んで新しい経験を重ねるために、偶然のチャンスに出会う確立が高まるのです
  • 仏教でも「運のいい人の法則」と同様、運には原因があること、その原因は自らの行い(考え方、行動)によって引き起こさせること、善い種をまけばそれだけ善い結果(幸運)に恵まれることが教えられているのです

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